30秒サマリー
- 背景と現在地:2024年、高齢の救急患者を受け入れる新たな受け皿として「地域包括医療病棟」が新設されました。しかし、そこに課せられた「ADL低下率5%未満」という基準は、現場の感覚からかけ離れたものでした。
- 解釈:今回の見直しは、理想論で固められた制度を、生物としてのヒトの現実に合わせ、現場が運用できる形に再設計するものです。高齢者が侵襲的な治療を受ければ、体力は落ちる。その自然な経過を病院へのペナルティにせず、実態に即した評価へと修正されます。
- つまり、こういうことです:数字を追いかけるあまり「患者さんを選別する」という本末転倒な事態を防ぐための、必要な後退戦です。
- 結論:これは質の低下ではありません。生活を見守る看護へ戻るための、ポジティブな現実路線への回帰です。
3分サマリー
背景:理想が高すぎた「救世主」の躓き
2024年度診療報酬改定で、国が「ポスト7対1」の切り札として新設したのが「地域包括医療病棟」です。目的は明確で、誤嚥性肺炎や尿路感染症、骨折など、手術はしないけれど入院が必要な「高齢者救急」を一手に引き受けることでした。
しかし、蓋を開けてみると届出数は低迷しています。最大のボトルネックとなったのが、**「入院中にADLが低下する患者を5%未満に抑えなければならない」**というあまりに厳しい実績要件でした。
現場のナースなら誰でも知っています。85歳、90歳の患者さんが高熱を出し、絶食して点滴につながれれば、たとえ早期離床を頑張ったとしても、入院前と同じ筋力を維持するのは至難の業です。この抗えない「老化と病気のメカニズム」を無視し、ADL低下を病院の責任(ペナルティ)とする制度設計は、現場に歪んだプレッシャーを与えました。「この患者さんを入院させると、ADLが下がるかもしれないから断ろう」。そんな、医療の本質から外れた「クリームスキミング(患者選別)」を助長しかねない基準に対し、今回の議論でようやくメスが入ったのです。
ポイント
- 「ADL低下」要件の現実的緩和
- 理由:85歳以上の超高齢者や、緊急入院で侵襲的な治療を受ける患者において、ADLを完全に維持するのは生理学的に困難だからです。
- 変化:単純なパーセンテージではなく、患者の年齢構成や重症度に応じた「補正」を入れる案が有力です。「超高齢者が多いなら基準を緩める」といった調整が入ります。
- 結論:病院側は「重い患者を受け入れても不利にならない」という安心感を得られます。
- 救急搬送の実績評価(看護必要度への加点)
- 理由:内科系の高齢者は手間がかかるのに、手術がないため「看護必要度」の点数が低く、7対1相当の配置に見合う収益が出せなかったためです。
- 変化:「救急搬送の受け入れ件数」自体をスコア化し、看護必要度の点数に上乗せする仕組みが検討されています。
- 結論:内科救急特有の「処置は少ないが、観察とケアが濃厚」な業務が、正当な収益源として可視化されます。
- リハビリ・栄養管理の適正化
- 理由:理学療法士や管理栄養士の「病棟専従配置」が義務付けられていましたが、人材不足の地方病院では物理的に不可能だったためです。
- 変化:ガチガチの「専従」要件を緩和し、複数病棟を兼務していても、十分な「介入実績」があれば評価する方向へ微調整が進んでいます。
- 結論:「そこに人が座っているか(形式)」よりも、「実際にケアをしたか(実質)」が評価されます。
現場の体温:「数字」のために、目の前の人を断りたくない
「この患者さん、ADL下がりそうだから……」 入院調整の電話口で、師長が苦渋の表情を浮かべる瞬間。その横で私たちは、言葉にできないモヤモヤを抱えてきました。
目の前に助けを求めているお年寄りがいる。 でも、その人を受け入れることが、病院の「成績表」を汚すことになるかもしれない。 そんな、医療者としての良心と経営の板挟みほど、現場の体温を下げるものはありません。
今回の見直しは、国が「理想」の旗を少し下げて、「現場の泥臭い現実」に歩み寄った証です。 高齢者が病気になれば、弱ることもある。それは看護の失敗ではなく、自然な営みの一部です。 その当たり前を制度が認めてくれたことで、私たちはまた一つ、余計な罪悪感を手放し、迷わず「受け入れましょう」と言えるようになるはずです。
今後の見通し:急性期から「生活期」への大移動
これらの要件緩和が実現すれば、2026年度以降、現在無理をして「7対1」の看板にしがみついている中小病院や、収益性の低い病棟からの転換が一気に進むと予測されます。
これは、日本の医療が「急性期一本足打法」から、「高齢者の生活を支える医療」へと重心を移す歴史的な転換点です。 そこで働く私たちに求められるスキルも変わります。モニターのアラームに即応する反射神経も大切ですが、それ以上に「入院中いかに生活リズムを崩さないか」「退院後の生活をどうデザインするか」という、老年看護の専門性が、病院経営を左右する時代になります。
制度が変わることは、不安でもあります。 でも、今回の変化は、私たちが本来やりたかった「生活を支える看護」が、ようやく正当に評価される土壌が整いつつあるという、希望のサインでもあるのです。



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