30秒サマリー
背景と現在地
看護業務の約3割を占めると言われる「記録」の時間。それは時に、患者さんのそばにいたいという想いを遮る、透明な壁となっていました。多くの現場では、いまだにPHSとメモ帳を片手に、ステーションのパソコン争奪戦を繰り広げています。
ニュースの核心
愛媛県のHITO病院は、全スタッフにiPhoneを支給し、「音声入力」と「チャット」を徹底活用することで、この壁を打ち砕きました。さらにスマートグラスやAIまで活用し、病院全体で年間6,000時間もの残業削減に成功しています。
結論
HITO病院の取り組みは、テクノロジーというハンマーで「記録」という重荷を砕き、本来あるべきケアの時間を取り戻す挑戦です。「書く」時間を「話す」時間に変えるだけで、私たちの働き方はここまで劇的に軽くなるのです。
3分サマリー
「パソコン争奪戦」からの脱却と、空っぽのナースステーション
慢性的な人員不足と物価高騰にあえぐ医療現場。全国の約6割の病院が赤字経営という厳しい現実の中、HITO病院が断行したのは「物理的なデバイスの刷新」でした。
これまでの看護現場は、バイタルをメモし、ナースステーションに戻ってパソコンに入力するという動線が当たり前でした。しかし、パソコンの台数は限られており、夕方には入力待ちの行列ができます。結果、記憶を頼りに行う「後回しの記録」が増え、残業が常態化するという悪循環に陥っていました。これは個人のタイピングスキルの問題ではなく、「記録=デスクでする仕事」という古い固定概念が生み出した構造的な欠陥です。
HITO病院の改革後、ナースステーションは驚くほど静まり返っています。それはスタッフがサボっているのではなく、「ステーションに戻る必要がなくなった」からです。iPhone一つあれば、どこにいてもカルテが見られ、記録ができ、指示が受けられる。この風景こそが、次世代の病棟のスタンダードなのです。
「音声」と「チャット」が変えた、ナースの動線
HITO病院が導入したソリューションは、非常にシンプルかつ強力です。
- 「音声入力」によるリアルタイム記録
- Before: ベッドサイドでメモを取り、ステーションまで戻ってキーボードを叩く。
- After: 患者さんの前でiPhoneに向かって「体温36.5度」と話すだけ。
- 効果: その場で電子カルテに反映されるため、記憶のロスも入力ミスも消滅しました。この動線の変化により、看護師1人あたりの移動距離は1日で4〜5kmも減少したといいます。
- 「チャット」が生む情報共有の速度
- Before: PHSで医師を呼び出すが、手術中や処置中で繋がらず、指示待ちのロスタイムが発生。
- After: 患部の写真や検査データをビジネスチャットでチームに送信。「先生、この傷の状態どうしますか?」と投げれば、手の空いている医師が即座にレスポンスを返せます。
- 効果: 「言った言わない」のミスを防ぎ、意思決定のスピードが格段に向上しました。
病院の枠を超えた「遠隔の目」と「AI連携」
DXの恩恵は、病棟の中だけにとどまりません。同グループの介護老人保健施設では、スマートグラスを活用した画期的な取り組みが行われています。
- 「食べる」を支える遠隔ST(言語聴覚士)
- 食事介助の現場スタッフがスマートグラスを装着し、その映像を病院にいる専門のSTがリアルタイムでモニタリングします。「もう少しスプーンを小さくして」「ペースを落として」と、専門的なアドバイスを遠隔で送ることで、経験の浅いスタッフでも安全な介助が可能になりました。
- この取り組みにより、誤嚥性肺炎による再入院が格段に減少するという、患者さんの予後(QOL)に直結する成果が出ています。
- 地域のケアマネジャーを支えるAI
- さらに、地域のケアマネジャー向けに、AIがケアプランの草案を作成するシステムも導入。骨折した高齢者の情報などを入力すれば、わずかな時間でプランのたたき台が完成します。事務作業をAIに任せることで、ケアマネジャーは利用者や家族との対話という「人間にしかできない仕事」に集中できるようになりました。
年間6,000時間という「果実」の正体
「たかが数分の短縮でしょ?」と思うかもしれません。しかし、その数分が数百人のスタッフ、365日で積み上がると、「年間6,000時間」という途方もないリソースになります。
この削減された時間は、単に経営的なコストカット(人件費削減)のためだけではありません。 「定時で帰れるようになり、家族との時間が増えた」 「患者さんのベッドサイドで話を聞く余裕ができた」 生まれた時間は、ナース自身の休息と、明日の看護への活力に変換されました。ケアの質を落とさずに残業を減らす。この魔法のような成果は、仕事の定義そのものを書き換えたことによる勝利です。
今後の見通し
HITO病院の成功事例は、地方病院であっても(あるいは人手不足が深刻な地方だからこそ)、DXによるドラスティックな改革が可能であることを証明しました。 「強制はしない。良いと思った人から使っていく」というスタンスで広まったこの改革。今後は大手ベンダーもスマホ連動型カルテの開発を加速させるでしょう。 あなたの病院でも、ポケットの中のスマホ一つで仕事が完結し、「記録のために残業する日々」が終わる日は、そう遠くないかもしれません。
一次ソース
HITO病院(愛媛県): DX推進事例(年間6,000時間の時間外労働削減)



コメント